芝刈機
現在アメリカやヨーロッパを中心に広く普及している芝刈機。1970年代は全世界で約850万台、北米だけでも500万台超を販売する大きな市場だった。
しかし、当時の芝刈機には始動性に問題があり、故障も頻繁に生じる製品が多かった。また、安全性にも課題を抱えていた。高速で芝を刈るブレードが回転する芝刈機は扱い方を誤れば事故につながる。しかし当時は安全装置などがほとんど装備されていなかった。このため、エンジン停止をせずに、カッターハウジングに詰まった芝を取り除こうとして生じる事故が多発した。当然、安全装置の法制化も検討されたが、技術的な課題が多く先送りされていた。安全性と扱いやすさの両立を求める声が次第に高まっていた。
日本は当時、まだ一般的に芝刈機は普及していなかった。このためHondaにとって芝刈機の開発は、大きなチャレンジだった。開発に際して、Hondaは現地での実態調査を優先した。使用環境やユーザー要望に加え、様々な芝を採取して栽培。芝の成長具合や刈り取り具合から、刈った芝の処理方法に至るまで徹底的に調査した。
Honda初の芝刈機HR21はBBC機構やバキュームアクションなどを採用
調査の結果を基に研究と開発を重ね、1978年にHonda初の歩行型芝刈機「HR21」の販売を開始した。「HR21」はブレードの回転により強い風を作り出し、寝ている芝を立たせてから刈り取る「バキュームアクション機構」を採用。
3種類の異なった芝刈作業に適した使用方法の選択を可能とした。最初のシチュエーションは刈った芝生を大容量のグラスバッグに収納して廃棄する「バギング式」。2つ目のシチュエーションは連続して作業する場合に、一旦刈った芝を放出してから後に回収する「ディスチャージ式」。3つ目のシチュエーションは短い(伸びていない)芝を細かく裁断して放出する「マルチング式」である。
また、操作性の向上を目的として操作関連のコントロール類などは手元に集中配置した。搭載したエンジンは、始動性や耐久性に優れ、静粛性も兼ね備えた「GV150」型を選択して採用した。
また、安全面に関しては積極的な安全思想に基づき開発した独自の「BBC(Blade Brake Clutch)機構」を採用。これは、クラッチレバーを握ることでカッターブレードが回転し、クラッチレバーから手を放すとカッターブレードにブレーキかかり3秒以内に停止する安全に配慮した技術だった。「BBC機構」はこの安全に対する配慮に留まらず、利便性にも配慮した構造を採用。具体的には、カッターブレードが停止してもエンジンは運転を続け、作業再開時には再始動の手間が不要のシステムとした。このHondaが開発した「BCC機構」は、世界初の芝刈機用安全装置として、アメリカにおける芝刈機の安全基準を促進する要因となり、歩行型芝刈機全体の安全性を飛躍的に向上させるキッカケとなった。
高品質で安全に配慮したHondaの歩行型芝刈機は、欧米を始め世界各国で好評を得た。Hondaは1984年にアメリカで芝刈機工場の稼働を開始。その後もフランス、オーストラリアなどに工場を作り、現在も各地の需要に応えている。
現地でのニーズを的確に汲み取り、新しい機能を搭載した「HR21」には、Hondaの技術力と日本人視点の細部に渡る配慮を施した。その結果、美しい芝の刈り取りと、使い勝手の良さや高い安全への配慮を実現した。
「HR21」の基本的な構造や機能は、その後改良と熟成を重ねて後継モデルに受け継がれた。搭載するエンジンは進化したものに変更し、芝刈り機能以外の部分にも独自の機構を次々と投入した。例えば、作業に応じて速度選択を可能とした「油圧無段変速機構HST(Hydro Static Transmission)」、レバー操作だけで走行速度のコントロールを可能とした「VST(Variable Speed Transmission)機構」や軽量で耐久性に優れた強化樹脂製ハウジング(カバー)に、エンジン始動が簡単なオートチョークなど。
また、芝の刈取り方法をバギングからマルチングまで可変にコントロールできる「VMS(Variable Mulching System)機構」や、刈り取った芝の処理も、落ち葉裁断が可能な「リーフシュレッダー方式」を追加。
操作性の向上では、簡単操作で速度調整を可能とした「スマートドライブシステム」に、最高速度設定をダイヤル式で行う「セレクトドライブ機構(2015年発売)」など、様々な改良と最新技術の投入を続け、Hondaの芝刈機は確実な進化を続けている。
プログラムを入力すればあとは全自動で芝を刈るMiimo
このような状況の中で、2000年代になると高齢化や余暇の多様化などの影響もあり、ヨーロッパではロボット芝刈機が登場した。Hondaも2012年に「全自動ロボット芝刈機Miimo」を開発して欧州販売を開始した(日本では2017年に販売開始)。
Miimoは「安心して任せられる」(高い安全性)、「簡単に使える」(簡単な操作性)、「快適に過ごせる」(高品質と耐久性)という3つをコンセプトに開発。ロボット芝刈機としては後発の参入であったが、高い技術力で既存メーカーの魅力を上回った。
Miimoは、芝に設置したエリアワイヤーによって芝刈範囲を限定。Miimoはエリアワイヤーからの信号を受信し、作業範囲を認識して芝刈り行う。多くのロボット芝刈機が同様の方式を採用しているが、この場合、受信する信号の質がロボット芝刈機の作業性に大きく影響する。その点Hondaは独自開発の高質な信号により、周辺機器への影響を考慮しながらも、確実に作業を継続できるようにした。
また、Miimoは安全面にも配慮を施している。仮に、本体が転覆や持ち上がるような状況となった場合、芝刈用のブレードは自動で緊急停止する。さらに、Miimoが障害物と衝突した場合も、自ら障害物を回避して作業を再開。これらの異変を感知するセンサーはすべて二重配置することで、万が一の想定にも対応している。1つのセンサーが故障した場合、別のセンサーにより故障検出を行い、安全に停止できるようになっている。
Miimoは簡単なプログラム入力作業が必要だが、これにより自動的に最適な作業を実施する。プログラムによりエリア内を巡回して、芝の延びた部分を刈り取り、刈った芝は芝の根元に落とことで回収を不要としている。また、充電は自らステーションに戻って実施し、充電完了後は再び作業に着手する。防水仕様のため雨天時も屋内に収納する必要はない。
Miimoには芝の状況に応じた走行パターンとして「ランダム」「ジグザグ」「ミックス」という3モードを設定。25度までの傾斜面にも対応し、トラバース走行(斜面の横断走行)能力も高く、平地や斜面に捕われずきれいな芝刈りを可能としている。
HondaはMiimoのデザインにも拘わった。攻撃的で直線的なデザインではなく、芝生の上を走るペットを連想させる優しい曲線を基調としたデザインもMiimoの大きな特長としている。Miimoは、安全に対する配慮と、高い品質と性能により欧州で好評を得て、日本や北米での販売を開始した。
歩行型芝刈機は、実用性に加えてホビーとしての人気も根強い。これに対してMiimoは「24時間365日」常に芝の状態を見極め、美しい理想の状態を維持する。Hondaの芝刈機は、幅広いラインアップで顧客のニーズに対応している。
1953年の「H型」エンジン以来変わることのない「技術で人を幸せにする」という、Hondaパワープロダクツの理念は、人の労力や時間の軽減であった。芝刈りにおいて全自動化を実現したMiimoは、人に代わって自動で作業を実施するという、パワープロダクツの目標を達成した形といえる。しかし、これが終着点ではなく、より質の高い作業を効率よく実現する芝刈機への新たな出発である。