Technology

すべては、エンジンからはじまった。

それはすぐれた品質と信頼性で、
世界中の人々に欠くことのできないPowerとなった。
日々の仕事のなかで、余暇を過ごすなかで、
それは、単なるエンジンを超えて、
人の心を、生活を、夢を動かす動力源となった。

耕うん機

 1940年代初頭の日本は、人口約7200万人の約半分が農村に居住する農業国であった。しかし、第二次世界大戦中に男手は兵役に就き、敗戦(1945年)後の労働力は不足していた。また1950年代からは驚異的な経済成長期に入り、農業の次世代を担う若者は経済成長の担い手として都会へ流失、農業の労働力不足が深刻化した。このような農業を取り巻く環境の変化に対して労働力不足を補い、効率的な近代化を推進するために農作業の機械化は必然であった。

 このような状況の中、Hondaに対して農機具メーカーから動力散粉エンジンの提供を要請された。Hondaは1953年に、2ストロークエンジン「H型」を開発してOEM供給を開始。続いて4ストロークの「T型」エンジン、パワーアップ版の「VN型」エンジンなど農発(農業用発動機)を開発し、日本の農業近代化の一翼を担った。

 1950年代の農業機械は、耕うん機や脱穀機などに、農発を組み合わせて使うタイプが主流であった。しかし、このタイプでは作業の度にセットアップを実施しなければならず、始動から運転まで「慣れ」と「コツ」を必要とし、誰もが容易に使用可能なものではなかった。また、可動部分や機械部分はカバーなどの保安部品のない剥き出し状態で、安全面にも課題があった。

 HondaはエンジンのOEM供給によって「機械化により重労働を軽減すること」に寄与した。しかし、「エンジンは半製品。完成品をつくらなければ真の重労働の軽減は達成できない」という意志から、1958年に農機開発部門を新設。

当時、最も農家が求めていた耕うん機の開発を開始し、1959年にHonda初の汎用製品としての完成品となる耕うん機「F150」の販売を開始した。

Honda初の汎用製品となった耕うん機F150

 「F150」は「世の中にない革新的なもの、10年先取りした耕うん機を」というコンセプトで開発され、小型軽量で、誰にでも簡単に扱うことができた。また、自動車が普及していなかった当時の日本では、トラック代わりの牽引車としての機能も併せ持たせた、利便性の高い耕うん機を実現した。

 「F150」は日本の農業事情に合わせ、エンジンを倒立に配置することにより低重心化を実現し、ミッションと一体構造でコンパクト化も達成した。「F150」は低重心化を実現したことで安定した走行に寄与し、自動遠心クラッチと3段ミッションを装備したことで高い走行性能を実現し、農耕用だけではなく工場などの牽引車としても採用されるほどであった。

 「F150」では操作系もすべて手元に集中し、スーパーカブにも使われた遠心クラッチの採用により容易な操作・操縦を実現した。経験値が必要だったエンジン始動は手元のレバー操作だけで可能とし、振動に対してもハンドル取り付け部分にショックアブソーバーを装備することで軽減した。また、エンジンと可動部分を一体化し機械部分をカバーで覆った(フルカバー)ことで安全性向上に寄与したばかりでなく、スマートな真赤なボディカラーを実現し、これまでの耕うん機のイメージを覆し、農作業のイメージを一新した。

 Hondaが従来とは異なった目線で開発した「F150」は、「田畑を真っ赤に埋めるホンダ旋風」とさえ言われるほど大好評を得た。当時の農機業界は大きなショックを受け、以降の農機開発に大きな影響を与えた。

F150をパワーアップしたF190

万能機のFシリーズは運搬用の牽引車としても使用された

 1960年代になると、より効率的な農作業のために、さらにパワーが求められた。そこでHondaは1961年に排気量を拡大したパワーアップ版「F190」の販売を開始。1963年には、「F190」をHondaの汎用製品の完成品として初めてフランスに輸出を実施した。小型軽量でハイパワーの「F190」は、フランスでぶどう園などの小農場用として使い勝手の良さと性能が高く評価された。1968年にはさらにパワーアップした改良型の「F80」へモデルチェンジ。「F150」の基本構造とデザインを受け継いだ耕うん機は、モデルチェンジを繰り返して13年間の長きにわたって販売した記録的なロングセラーとなった。

Honda初のディーゼルエンジンを搭載したF90

The F60 specialized in tilling work.

簡単にエンジン脱着可能な小型機F25

 1970年代になると農家からの要望は多様化するようになり、耕作面積や作業内容にマッチする耕うん機が要望された。Hondaは万能機「F190」よりも小型軽量で耕作作業に特化した安価で堅牢な「F60」、耕作能力を大幅に高めHonda初の空冷ディーゼルエンジンを搭載した9馬力の大型機「F90」、重量がわずか37kgでコンパクトなボディに折りたたみ式ハンドルの装備や、脱着可能なエンジンによりポンプや脱穀機の動力としても使用可能なポータブル型の「F25」など、幅広いバリエーションで農家のニーズに応えた。

 しかし、耕うん機が広く普及した1970年代以降、日本の農業は大きな転換期を迎えた。当時、日本は高度経済成長によって農業国から工業国へ変換。農業人口は大きく減少し、農業の形態も家族単位の小規模な農業から、大型機械による大規模農業が主流となった。これに伴って農機具も専門性の高い大型機に移行していった。

 この傾向に対して都市部では、耕作放棄地などを使用した小さな家庭菜園が趣味として人気を集め始めていた。

初代のこまめF200は1980年に登場、ホビー用耕うん機の先鞭をつけた

 これらの農業構造の変化に呼応する形で、Hondaは、新たなチャレンジを開始する。「初めて耕うん機に触れる人でも、簡単に使えるように」というコンセプトで、1980年にホビー用の超小型耕うん機「こまめF200」の販売を開始した。

 「こまめF200」の重量はわずか25.5kgと軽量。持ち運びも容易で、折り畳み式のハンドルの採用で車のトランクへの収納も可能とした。「こまめF200」の操作は、引き荷重の軽いリコイルスターターでエンジンを始動してレバーを握るだけの簡単操作を実現。可愛い見た目とは異なりHondaが蓄積した耕うん機のノウハウや、遊星ギアを応用した減速装置などを組み込んだ本格的な仕事の出来る超小型耕うん機であった。

 「こまめF200」は小さな畑や家庭菜園など大型機が入れない山間の畑、果樹園用などの作業に最適であり、販売開始当初の予想に反して農家の購入が圧倒的であった。

 「こまめF200」は、テレビコマーシャルや販促活動によって広く認知され、ホビー用としても一気に普及。パリの農業ショーでも発表されると、評判は広まり、発売初年度だけでも世界で4万台近の売り上げを記録した。

こまめF200はモデルチェンジを繰り返し、2016年四代目のこまめF220に

 ホビー用耕うん機という新たな需要を掘り起こした「こまめF200」は、その後登場した他メーカーのミニ耕うん機が「○○のこまめ」と呼ばれるほどミニ耕うん機の代名詞にもなった。2001年にはモデルチェンジした三代目の「こまめF220」が販売され、2016年には四代目の「F220」を発売。全世界累計販売台数は55万台(2016年時点)の大ヒット作となった。

より小さくとの要望で誕生したミニこまめF110は、2002年プチなFG201へと進化。
2016年にはデザインなどが変更された

 新たに形成されたホビー用の市場では、「より小型軽量で安価な耕うん機」や「高くてももっと簡単に耕せる耕うん機」などニーズが多様化した。1993年にHondaは「こまめ」よりも小型軽量の入門機「ミニこまめF110」の販売を開始。2016年にモデルチェンジした「プチなFG201」に受け継がれている。

簡単かつ高い耕作能力を実現したサラダF300

 また、2003年には、ロータリー(回転する耕作部分)を車体前方に配置することで、優れた直進安定性を実現した上級機種の「サ・ラ・ダFF300」の販売を開始。フロントロータリーの内側のツメは正転、外側のツメは逆転するHonda独自のARS(Active Rotary System)を採用することで、一定の深さで安定した耕うん機作業が可能となった。

カセット型LPGガスの脱着も簡単なピアンタFV200

 さらに2009年には、ホビー用の使用方法に着目し、燃料の「保管」「補充」と、本体の「持ち運び方法」を考慮した「ピアンタFV200」の販売を開始した。

 「ピアンタFV200」は、ガソリンよりも「保管」や燃料「補充」が簡単で安心なカセット型LPGガスを燃料とし、指定のカセットボンベを専用のケースに入れて、本体へのワンタッチ着脱が可能な構造。エンジンは、ガソリンタイプの「プチな FG201」をベースに開発。配管内の圧力が異常に上がるとエンジンを停止する圧力探知弁や、エンジン停止時には自動で燃料供給を遮断するシャットオフバルブなど独自の安全機構を装備。また種まきなど耕うん機が使われることが多い時期の外気温を考慮して、排出ガスの熱を利用してガス燃料を効率よく気化させるベーパライザなどの新機能を搭載した。

 さらに、簡便な移動が可能な手押し用車輪と、自動車のトランクや室内に積載可能な専用のスタンドとキャリーボックスを標準装備。ホビー用に求められる「カンタン燃料」「カンタン移動」「カンタン収納」を実現した。

 「ピアンタFV200」は、購入者の実に9割が初めて耕うん機を購入する層であり、さらに新たな需要を掘り起こすことに成功した。

 土を耕すという、自然を相手にするHondaの耕うん機は、もちろん世界で最も厳しいとされる米国の排出ガス規制や、欧州騒音規制もクリア。クラストップレベルの低燃費など高い環境性能も実現している。

 農家の負担を大きく軽減した「F150」に始まったHondaの耕うん機は、農家の需要に合わせ変化を遂げ、広く普及させる大きな原動力となった。そして農業を取り巻く時代の変化と共に、Hondaは誰も顧みなかったホビー用の超小型耕うん機にチャレンジ。土を耕す喜びと楽しさを多くの人に伝えた。

 もしもF150がなかったら、もしもこまめがなかったら──、農機専業メーカーではない、エンジンメーカーのHondaだからこそ可能な、柔軟な発想と技術力によるチャレンジが、農業に与えた影響は決して小さなものではない。